年下の恋人との付き合い方の痛い思い出

昔の話になるのですが、僕が28歳くらいの頃、7歳ぐらい下の21歳の彼女がいました。彼女はバスガイドをしていて、とてもチャーミングでした。
なんとなくですが、自分ではテニスプレイヤーの杉山愛に似ていると思っていました。そんな彼女とは職場で出会い、お付き合いを始めました。
僕の方が好意を持っていたというのが、本当のところですが、食事などに誘い、デートも重ねて楽しい日々を送っていました。
そんな彼女ですが、7歳したという事もあり、けっこう我儘な部分もありました。僕もその時は28歳ですから、大人の対応をしていれば良かったんでしょうが、
まだまだ子供だったんだと思います。売り言葉に買い言葉で良く喧嘩していました。
彼女が言うにはもっと愛してほしいという事です。もっと態度で示してほしい、言葉でももっと言ってほしい、態度が冷たいなどなど・・
僕としてはそんなつもりもなく、彼女には愛情を持って接していたと思っているんですが、彼女にはそうは映っていなかったようです。
そんなとき、他の職場の女性と楽しく話していると、彼女がものすごい目でこちらをにらんでいるのがわかりました。
「私といるときよりも楽しそう」と後で聞いた時にはそう怒っていました。実際そうかもしれないと思った僕は、「そうかも?」って言ってしまいました。
それが、だめだったんでしょうね、彼女が大声で泣き始めました。うわーこれはめんどくさいなと思ったのを覚えています。
後言われたのが、私とあったらすぐHばかりする。体だけが目的なの?みたいなことも言われましたね。
そんなことはないと言ったんですが、わかってくれません。ぼくのたいどがいけなかったんですかね?実際Hしたかったんですけどね。
そんな彼女とは3年ぐらい付き合ったのですが、僕の気持ちは冷めてきていました。話も合わないですし、喧嘩ばかりを繰り返すようになってきました
そこで別れを切り出すと、なんと彼女は「別れてもいいからお金を頂戴」と言ってきました。
僕はとってもびっくりしましたが、財布を開けてみていると、彼女がおもむろに財布を取り、中身を全部抜いて持っていきました。
彼女は振り返りもせず、走って去っていきました。女って怖いなと思った瞬間でした・・・。
それから女性に対して信用しなくなっていきました。
婚活などしていてもどうせこの女性もいつかあの女みたいになるんじゃないかと。

年上美人作業療法士に失恋して婚活三昧。

私は、3年前にバイクの事故で大怪我をして長い入院生活を余儀なくされました。足や腕の骨折で身動き取れない状態が一ヶ月半くらい続き、その間はずっとベッドの上で過ごしていました。
骨が繋がり、手術で入れた金属も外れてリハビリに入る段階まで来たところで私のリハビリの担当をするという作業療法師の人が部屋を訪ねてきました。私は中年くらいの男性と思い込んでいましたが、来たのは25歳くらいのめちゃくちゃ綺麗な女性でした。正直一目ぼれとはこの事だと思いました。いつも優しい笑顔で私のリハビリに付き合ってくれた彼女との日々。リハビリはかなりキツかったけど、彼女と入れる唯一の時間でありずっと入院していたいとまで思いました。しかし、リハビリも順調に進み退院が近づいてきました。私は彼女への気持ちが募る一方で、退院するまでに告白しようと決めました。退院前日に彼女が部屋にお別れの挨拶に来たときに、私は退院して落ち着いたらデートして下さいと申込んだらなんとOKの返事でした。天にも登る気持ちで退院後2週間して病院に行った時にデートの日取りを約束して連絡先を交換しました。無事にデートの日を迎え、ドライブしながら海方面を走り、食事をしてまた車を走らせるといったデートをしたのですが、いよいよ夜が近づいて別れの時間が迫っていました。私は、気持ちを正直に伝えて帰ると朝から決めていたので彼女の家の近くで車を止めて、付き合って下さいと思い切って告白しました。彼女の答えはNOでした。断られた理由は、彼氏はいないけど好きな人がいるとの事でした。デートOKだったから可能性はかなり高いと思った自分が情けなかったです。しかし、なかなかそのあともショックから立ち直れなくて彼女を忘れたくて婚活にあけくれました。いろんな婚活サイトや婚活パーティーに毎週行きまくる婚活男と化したのです。ただ、それはそれでむなしくもあったのですが、偶然婚活サイトで知り合った女性と仲良くなって付き合うことになりました。あれから、もう3年が経ちます。今となれば今の彼女と出会えたのもあの作業療法士の女性とのデートがあったおかげだと感謝しています。

くっついたり別れたり…でも素敵な恋の思い出

高校時代、友達の彼氏の高校の文化祭に友達と行き、彼と出会いました。顔が超好みだったけど、話すとちょっと意地悪な感じで、性格が悪そうで、がっかりしたのを覚えています。それから1週間後、駅前のマックに友達と行ったら、なんとそこで彼がバイトしていました。文化祭の時のイメージとは違い、一生懸命に働いている姿がすごく素敵に見えたんです。また会いたくなってしまい、違う友達を連れ、次の日も行ってしまいました。もうすぐ終わるから待っててと言われ、そこでメアド交換。気が合って、メールでの話題には事欠きませんでした。一日で何通も送りあいました。でも、会うと、お互い恥ずかしかったのでしょうね、あまり話も弾まず、なんだか不完全燃焼な感じで、どうしてよいかわかりませんでした。冬のある日、朝、私がいつも通学で通る地下鉄の改札口で彼が待っていてくれたんです。その姿を見たときうれしくてうれしくて、その時の気持ちは今でもはっきり覚えています。特に何も言ってはくれなかったけど、自然に手を握り合い、私の手を彼のポケットの中に入れてくれたときは、まわりの景色まできらきらと見えました。
それから、私が就職、彼は地元の大学に進み、私は仕事で忙しくなり、人間関係で悩んだりしているのに、大学生の彼はサークルで旅行に行ったり、居酒屋でバイトしたりと、なんだかすごくちゃらちゃらしているように見え、会うと私の方がイライラをして、嫌味を言ったりして、うまくいかなくなり、別れてしまうこととなりました。私はその後、年上の会社の人と付き合ったりもしましたが、やはりなんか違う気がして、ことあるごとに彼を思い出していました。それから二年後の12月、彼から急にメールが来て、就職で今度福岡に行くことになったから、良かったら会わない?という内容でした。私はうれしいやら、ドキドキするやら、福岡に行くことにショックを受けるやらで、心の中はごちゃごちゃになっていました。そんな気持ちで彼に会いました。彼は見た目も中身もすごく大人になっていて、私への気遣いもたくさんしてくれました。私はやっぱりこの人が好き!大好き!改めて思いましたが、3か月後には福岡に行ってしまうと思いながらも、気持ちを抑えきれませんでした。それからまた付き合いだし、遠距離恋愛をしていたのですが、やはり遠距離恋愛は寂しいです。私は結婚をすごくしたくなってしまい、それを告げると、まだ仕事が半人前だから結婚は考えられないと彼にいわれ、彼から別れを切り出されてしまいました。あの時もう少し彼を待つことが出来たら…と思うときもありますが、私は本当にあのとき限界でした。彼がどこかで頑張っていると思うと、私もがんばろうと思える、彼は私の青春です。

婚約者が自殺した

ある調査によると、婚約者の自殺による心のダメージは、ナチスの強制収容所に入れられた時と同じらしい。

何か胸騒ぎがした。いつもなら毎日電話をくれる彼。
昨日はつながらず。朝方にも何のメールもない。
おかしい。
普段なら飲み会で帰ってきて潰れてたかなんて思う所だが
胸のざわつきはやまなかった。

おかしい。

なぜか五時に目が覚め、出勤前に職場の反対方向にある彼のマンションに向かった。
郵便受けにある昨日の夕刊。
なんどもならしても答えのないインターフォン。
でも確かめようもなく仕事に向かった。

仕事を終え、それでも彼からは何も連絡がなかった。
いよいよおかしいと思い、彼の職場に行ってみることにした。
最寄り駅に向かう道中、婚約者の母から電話が。
「あの子が自殺したんです。首を吊って・・・」
言葉が出なかった。

気がつくと、道ばたのゴミ捨て置き場に崩れ落ちるように
しゃがみ込み、泣き叫んでいた。

そこに鳴る携帯。
彼の友人からだった。
二人で警察に向かった。

警察には、
「けんかでもしましたか。なにか彼を追いつめるようなことは」
と問われ、呆然とするしかなかった。
遺体に触れることが許されないので、私に面会は許されなかった。
通夜、葬儀と次々と日程は決まっていった。

泣き続ける日々の中、自分を責め続けた。

お前が殺したんだ。。。

死にたかった。
死に切れなかった。
死ぬことすらできない自分が、くず以下の存在にしか見えなかった。
生きることが死ぬより辛いなんて、初めて知った。

彼の遺書にはこう書いてあった。
「人を殺すよりましでしょ」

実は私たちの結婚は彼の家族から反対されていた。
名家の長男である彼。
母子家庭の私は不釣り合いだった。
彼はずっとそれを一人で負い続けていた。
私を守るために。

ねえあなたが殺したかったのは誰?
なんで死んでしまったの?

答えのない問いを続けること5年。
いまだに解決はしない。
おそらく一生しないだろう。

彼の分も生きたいなんて思えない。

でも、私を最期の恋人に選んでくれてありがとう。

スペインでスペイン人と入籍

現在、スペイン人の彼と入籍をする為にスペインに居住中です。
結婚を考えた時に、この国でのお役所仕事はありえないくらい時間がかかると聞きました。
旅行者としての滞在は3ヶ月しかできないので、もしもの事を考えて、学生として滞在できるよう許可を取りました。

通常の手続きはインターネットで役所に行く予約を取り、予約日、指定時間に予約を取った事が分かるもの(メールのコピーや携帯でそのメールを提示)しなければいけません。
私たちは少し田舎に住んでいるのですが、システムは同じだと思い、市役所のホームページを探しましたが、結婚手続きに関するページは見つかりませんでした。

そこで、直接市役所に行った所、受付の方から建物が違う、向かいの建物が担当課なので、そちらに行くよう言われました。
そしてその建物に行くと、そこも違って、結局まったく別の場所にある、裁判所が入っている建物に行かなければ行けませんでした。

私たちは国際結婚に関して、何の書類が必要かを知りたかったのですが、それを教えてもらう為には窓口で予約を摂る必要があると言われ、その場では教えてもらえませんでした。
そして、予約が取れたのは約2ヶ月後でした。

ようやく予約日になり、再び役所を訪れた所、必要書類の説明を受け、そのまま、書類提出日の予約を取らされてしまいました。
次の予約日は約1ヶ月半後でした。
私は念のために、必要と思われる書類を日本から持ってきていたので、どうにかなりました。
でも、もし準備をしていなかったら、もし、その日で予約をして、日本の家族に必要書類を送ってもらうつもりでいても届かなかったら、どうなったかと思います。

結局、こちらでそろえる書類が思った通りに集まらず、その予約日に書類は提出できず、改めて予約を取り直しました。
次の予約日は3ヶ月後です。

3ヶ月後に書類を提出し、その後審査があり、婚姻証明書にサインするまでに5ヶ月待たなければいけないと言われました。
いつになったら入籍手続きが終わるのでしょうか?
のんびりしている国ですが、ほとほと疲れました。

高校時代の心の支えとなったメル友

高校時代友人から一人の女の子をメル友として紹介してもらいました。
その子は、口数の少ない、大人しい女性でした。
お互い会話があまり得意ではないのでメールを1日2.3件やり取りする程度でしたが、会話が苦手な者同士日々の悩みや、学校、プライベートでの出来事などの内容でどんどんメールの数が増えていきました。
友達が少なく、悩みなどを相談できる友達があまりいなかった為、彼女は強い心の支えとなりました。
彼女からも同じことを言われたので、とても嬉しかったです。
彼女とメールをしているうちに「彼女にあってみたい」という感情が芽生えてきてメールで言ってみようと思ったけど、会話が得意でない&チキンな性格で自分から言い出すことが出来ずにいました。
悩んでいたのを友人に相談していたら、「相手も会いたがってる、男なら自分から誘ってやれよ」と励まされ、勇気を出してメールをしたら彼女も喜んでOKしてくれました。
女性と休日に待ち合わせするなど人生初でしたので緊張して服装等色々悩みましたが、友人が面白半分で相談に乗ってくれたのでとてもリラックスして当日を迎えられました。
当日、女性を待たせるのは申し訳ないという気持ちと、緊張で40分くらい早く着いてしまい、待ち合わせ場所で気持ちを落ち着かせようと思ったのですが、彼女が私より早く来ていました。
話を聞いてみると、彼女も男性との待ち合わせが初めてだったらしく、同じ気持ちみたいでした。
最初は待ち合わせのときの話で盛り上がりましたが、時間が進むにつれ話題がなくなって気まずくなってきました。
「何かはなさないと」と焦っていましたが、彼女が「落ち着いて、お互い会話が苦手って知ってるし、このくらいの沈黙はしょうがない」と優しく言われました。
その優しさが嬉しくて、顔が真っ赤になっていた私を彼女がからかうということで場が和み、その後もうまく付き合えました。
その後、メールだけでなく電話もするようになり、私が勇気を出して告白し、付き合えることになりました。
今は分かれてしまいましたが、連絡はしているので一人の友人としてお互いに成長できるような素晴らしい関係を築けたらと思います。

学生時代から遠距離恋愛を実らせました!

実家から離れて関西の街でひとり暮らしをしていた学生時代。同じサークルで知り合った彼と付き合うようになりましたが、卒業と同時に私は関東の実家に帰り就職、彼はそのまま関西の大学院に進みました。彼は院を卒業したら関東で就職する約束をしてくれましたが、少なくとも4年間は遠距離恋愛することになります。
卒業したてで時間もない、お金もないなか、本当に遠距離恋愛が続くのか、かと言って別れる決心もつかないまま遠距離恋愛がスタートしました。
2ヶ月か3ヵ月に1回はお互いの暮らす街に尋ねたり、真ん中の土地で待ち合わせしたりして、なんとか会えるようにしていました。
今のようにテレビ電話やスカイプ、無料通話があれば良かったのですが、それもかなりの通話料がかかる時代(10年くらい前)だったので、毎日1通ずつメールでのやり取りと近況報告の手紙を送り合っていました。
遠距離恋愛でさみしかったのは、友達や会社の同僚と夕食を食べているときに、周りが彼に迎えに来てもらったり、彼も友達と飲んでいるから合流しよう!なんていうときです。私も呼び出せる彼がいないことに淋しさを感じました。
クリスマスやバレンタインなど、カップル向けのイベントなんかも淋しかったです。別に会社や学校はお休みじゃないから、遠距離の彼に会いに行くことはできないし、友だちは彼との予定が入っているし、町中ハッピーな感じにデコレーションされているし、普通に仕事して普通に自宅に帰って寝るだけの自分が可哀想に思えるときもありました。
それから「まだ若いんだから、遠距離恋愛なんてお互いどうせ続かないでしょう。近くに誰か探したら?」という年上の人の言葉は落ち込みました。姉とか会社の先輩とか、心配もあったと思うのですが、よくそういった言葉を言われました。
4年の間では何度か別れの危機もありましたが、なんとか乗り切れたのは、彼がその度に「絶対に別れないから」と言ってくれたからだと思います。
4年後、院を卒業すると彼は約束通り関東の就職先を探してくれ、さらに3年後無事に結婚しました。

女性に興味のない私の初恋

あまり女性に興味のない私は、学生生活恋愛とは縁のない生活をしていました。
部活帰りに学校のコンビニに寄ったら、結構可愛い女性を見つけて、その女性を見ていたら友人に「女に興味のないお前が珍しい」と言われ、適当にごまかしましたが心の中ではまた会いたいと思っていました。
学校に年末の郵便局でのバイトの募集が来ていたので応募したら運良く受かり、バイトの説明会に参加しました。
内勤だったので周りに女性しかおらず緊張していたら隣の女性と軽くぶつかってしまい、謝罪をしようと見たら、この前コンビニで見かけた女性でした。
私は心の中でラッキーと喜びましたが、緊張して話しかけられませんでした。
時間帯を分けての二グループでの作業で、運良く彼女と同じ班になれました。
経験者の友人から「内勤は楽だ」と言われていたので少しは話す機会があると思いましたが、時間内に数百枚の年賀状を仕分ける仕事なので全く話しかけられませんでした。
仕事が終わってもすぐに帰ってしまうので、中々チャンスがありませんでした。
全くチャンスがないまま最終日になってしまい、休憩時に飲み物を買いに行ったら彼女も買いに来ていてチャンスだと思ったけど、勇気が出せず何もできずにバイトが終わってしまいました。
バイトが終わってへこみながら帰っていると、「~さんお疲れ、君も帰りこっちなんだね~」と話しかけられ振り向いたら彼女がいました。
いつもは違う道を通って帰っていましたが、その日だけは気分で違う道を通ったら彼女と同じ帰り道みたいで、一緒に帰ることになりました。
聞いてみたら、帰り道が違うだけで以外に家が近いらしく、同じ中学の卒業生など彼女のことを少しだけ知ることが出来嬉しかったですが、恋愛経験のない私は付き合いたい・メル友になりたいなどの目標がなく、普通に話しただけで終わりになってしまいました。
男子校に通っていて、恋愛に興味ない私でしたが、久しぶりに良いと思える女性と会えたことをとても嬉しく思います。
家が近いので、また会いたいです。

W浮気から本気になって結婚

今の妻と出会った時には、私にも妻にもそれぞれ付き合っている人がいました。
それはそれと知りつつ、最初は、会社の先輩後輩としての関係でした。
一緒の販売促進の仕事に取り組むために、本気になって議論し(後輩にもかかわらず、生意気な口調で議論する彼女にむっとしたりもして)、遅くまで一緒に作業し、取引先に一緒にプレゼンに行き、そして夜はお互いに一人暮らしだったので、一緒にラーメン屋で食事などをとり、という感じで、本当に一緒に椅子時間が長かった状況でした。
とはいえ、お互いに先に書いたようにそれぞれ付き合っている人がいたので(それも両方とも、遠距離恋愛でした。それも要因ですね)、お互いにお互いを異性として考えることもなく(というか、しいて考えず)過ごしていました。
しかし、ある夏休み、それぞれが東京へ帰郷するということで、一緒に新幹線に乗り、移動しました。その途中、休みにそれぞれ彼女、彼氏とどう過ごすかという話をしていました。
それがどうにも自分の心の中に、なぜかひどく引っかかったのです。
そして、夏休みが終わって、今度は一人で新幹線に乗って大阪に帰るときに、新幹線から彼女の一人暮らしのマンションが見えるのですが、「今頃彼氏と会っているんだろうな」と思うと、自分のことを差し置いて、思いもかけないほどの劇場で悔しさのようなものがこみ上げてきました。
これは、自分は、完全に彼女に心が行っているな、と自覚しました。
そして、夏休みが終わり、彼女が大阪に戻ってきたところで、思い切って告白をしたところ、相手もその気だったということで付き合い始めました。
しかし、お互いの彼女彼氏はそのままの状態です。遠距離なので、それで済んでいたのです。
そして、次の冬休み。
同じように、また一緒に東京へ帰郷する新幹線に乗っているときに(そして夏休みと同じように、東京ではそれぞれの彼女彼氏と会う計画があり)、その状態に耐えられなくなって「俺も別れるから、君も彼氏を別れてくれ」といいました。
そして冬休みが終わり、また大阪であった時に、お互いのことを報告しました。私は、東京の彼女と会った時に別れを切り出していましたが、妻となる彼女はどうだったのか、非常に気になりました。
そして答えは、涙。そして、「別れた」と一言。
これでW浮気から、本気にお互いになりました。
そしてそれから3年して結婚しました。

僕の結婚式

僕は結婚にこぎつけるまでは、自分なりに苦労したなぁと思います。
もう、結婚してから20年が過ぎますが、今、振り返るとドタバタのドラマだったかもしれません。

当時、交際し始めたのが僕が社会人。そして、家内が看護学校の学生の時でした。

しばらく交際している間に、彼女は無事に学校を卒業して看護師になりました。

それから、間もない頃に僕は北海道に転勤してしまったのです。
いわゆる遠距離交際ってやつでした。

東京と北海道。
離れ離れでよく続いたなぁと自分ながら感心します。

毎週、会いたくても本土と北海道です。
車で行ける距離でもないし、交通費も持つわけがなりません。

ましてや、家内も看護師で、月に一度、会えれはいい方でしたね。

当時は携帯電話もなくインターネットなんかもなかったので、毎日、電話ばっかり。

月の電話料金が数万円になっていました。
そんなことを続けながら2年後には、無事に結婚。

結婚前の挨拶も大変。
仲人の決定から結婚式場の打ち合わせも大変でした。
北海道にいるにしても、僕の出身は九州です。
家内は長野出身。

結婚式と披露宴は中間の場所ということで東京にしたのです。
九州からも長野からも北海道からも、そして家内が勤めていた都内の病院の人達もです。

交通費だけでも親戚一同、友人、同僚と大変です。
幸いなことに家内の従兄が都内の式場に勤めていたので、
披露宴は、超格安で豪華に挙げることができたのです。

嘘のような話ですが、出席者の交通費も一部、負担したのですが
そちらの金額の方が高くなったりです。

そんなドタバタの中でも無事に披露宴があわりましたが、新婚旅行に行く前の日も家内は病院でお仕事です。

それが終わって成田空港に直行。
お互いに疲れ果てたまま飛行機に乗り込んだのでした。

後日談は、家内は2ヶ月ほど都内の病院で仕事を続けていましたので、ぼくは北海道で新婚早々、単身赴任のような状態でした。

やっと落ち着いたのはその後です。
今は、東京に戻ってきて横浜に住んでいますが、あの時の結婚式までの物語は懐かしくも慌ただしい時でしたね。