婚約者が自殺した

ある調査によると、婚約者の自殺による心のダメージは、ナチスの強制収容所に入れられた時と同じらしい。

何か胸騒ぎがした。いつもなら毎日電話をくれる彼。
昨日はつながらず。朝方にも何のメールもない。
おかしい。
普段なら飲み会で帰ってきて潰れてたかなんて思う所だが
胸のざわつきはやまなかった。

おかしい。

なぜか五時に目が覚め、出勤前に職場の反対方向にある彼のマンションに向かった。
郵便受けにある昨日の夕刊。
なんどもならしても答えのないインターフォン。
でも確かめようもなく仕事に向かった。

仕事を終え、それでも彼からは何も連絡がなかった。
いよいよおかしいと思い、彼の職場に行ってみることにした。
最寄り駅に向かう道中、婚約者の母から電話が。
「あの子が自殺したんです。首を吊って・・・」
言葉が出なかった。

気がつくと、道ばたのゴミ捨て置き場に崩れ落ちるように
しゃがみ込み、泣き叫んでいた。

そこに鳴る携帯。
彼の友人からだった。
二人で警察に向かった。

警察には、
「けんかでもしましたか。なにか彼を追いつめるようなことは」
と問われ、呆然とするしかなかった。
遺体に触れることが許されないので、私に面会は許されなかった。
通夜、葬儀と次々と日程は決まっていった。

泣き続ける日々の中、自分を責め続けた。

お前が殺したんだ。。。

死にたかった。
死に切れなかった。
死ぬことすらできない自分が、くず以下の存在にしか見えなかった。
生きることが死ぬより辛いなんて、初めて知った。

彼の遺書にはこう書いてあった。
「人を殺すよりましでしょ」

実は私たちの結婚は彼の家族から反対されていた。
名家の長男である彼。
母子家庭の私は不釣り合いだった。
彼はずっとそれを一人で負い続けていた。
私を守るために。

ねえあなたが殺したかったのは誰?
なんで死んでしまったの?

答えのない問いを続けること5年。
いまだに解決はしない。
おそらく一生しないだろう。

彼の分も生きたいなんて思えない。

でも、私を最期の恋人に選んでくれてありがとう。

スペインでスペイン人と入籍

現在、スペイン人の彼と入籍をする為にスペインに居住中です。
結婚を考えた時に、この国でのお役所仕事はありえないくらい時間がかかると聞きました。
旅行者としての滞在は3ヶ月しかできないので、もしもの事を考えて、学生として滞在できるよう許可を取りました。

通常の手続きはインターネットで役所に行く予約を取り、予約日、指定時間に予約を取った事が分かるもの(メールのコピーや携帯でそのメールを提示)しなければいけません。
私たちは少し田舎に住んでいるのですが、システムは同じだと思い、市役所のホームページを探しましたが、結婚手続きに関するページは見つかりませんでした。

そこで、直接市役所に行った所、受付の方から建物が違う、向かいの建物が担当課なので、そちらに行くよう言われました。
そしてその建物に行くと、そこも違って、結局まったく別の場所にある、裁判所が入っている建物に行かなければ行けませんでした。

私たちは国際結婚に関して、何の書類が必要かを知りたかったのですが、それを教えてもらう為には窓口で予約を摂る必要があると言われ、その場では教えてもらえませんでした。
そして、予約が取れたのは約2ヶ月後でした。

ようやく予約日になり、再び役所を訪れた所、必要書類の説明を受け、そのまま、書類提出日の予約を取らされてしまいました。
次の予約日は約1ヶ月半後でした。
私は念のために、必要と思われる書類を日本から持ってきていたので、どうにかなりました。
でも、もし準備をしていなかったら、もし、その日で予約をして、日本の家族に必要書類を送ってもらうつもりでいても届かなかったら、どうなったかと思います。

結局、こちらでそろえる書類が思った通りに集まらず、その予約日に書類は提出できず、改めて予約を取り直しました。
次の予約日は3ヶ月後です。

3ヶ月後に書類を提出し、その後審査があり、婚姻証明書にサインするまでに5ヶ月待たなければいけないと言われました。
いつになったら入籍手続きが終わるのでしょうか?
のんびりしている国ですが、ほとほと疲れました。

高校時代の心の支えとなったメル友

高校時代友人から一人の女の子をメル友として紹介してもらいました。
その子は、口数の少ない、大人しい女性でした。
お互い会話があまり得意ではないのでメールを1日2.3件やり取りする程度でしたが、会話が苦手な者同士日々の悩みや、学校、プライベートでの出来事などの内容でどんどんメールの数が増えていきました。
友達が少なく、悩みなどを相談できる友達があまりいなかった為、彼女は強い心の支えとなりました。
彼女からも同じことを言われたので、とても嬉しかったです。
彼女とメールをしているうちに「彼女にあってみたい」という感情が芽生えてきてメールで言ってみようと思ったけど、会話が得意でない&チキンな性格で自分から言い出すことが出来ずにいました。
悩んでいたのを友人に相談していたら、「相手も会いたがってる、男なら自分から誘ってやれよ」と励まされ、勇気を出してメールをしたら彼女も喜んでOKしてくれました。
女性と休日に待ち合わせするなど人生初でしたので緊張して服装等色々悩みましたが、友人が面白半分で相談に乗ってくれたのでとてもリラックスして当日を迎えられました。
当日、女性を待たせるのは申し訳ないという気持ちと、緊張で40分くらい早く着いてしまい、待ち合わせ場所で気持ちを落ち着かせようと思ったのですが、彼女が私より早く来ていました。
話を聞いてみると、彼女も男性との待ち合わせが初めてだったらしく、同じ気持ちみたいでした。
最初は待ち合わせのときの話で盛り上がりましたが、時間が進むにつれ話題がなくなって気まずくなってきました。
「何かはなさないと」と焦っていましたが、彼女が「落ち着いて、お互い会話が苦手って知ってるし、このくらいの沈黙はしょうがない」と優しく言われました。
その優しさが嬉しくて、顔が真っ赤になっていた私を彼女がからかうということで場が和み、その後もうまく付き合えました。
その後、メールだけでなく電話もするようになり、私が勇気を出して告白し、付き合えることになりました。
今は分かれてしまいましたが、連絡はしているので一人の友人としてお互いに成長できるような素晴らしい関係を築けたらと思います。

学生時代から遠距離恋愛を実らせました!

実家から離れて関西の街でひとり暮らしをしていた学生時代。同じサークルで知り合った彼と付き合うようになりましたが、卒業と同時に私は関東の実家に帰り就職、彼はそのまま関西の大学院に進みました。彼は院を卒業したら関東で就職する約束をしてくれましたが、少なくとも4年間は遠距離恋愛することになります。
卒業したてで時間もない、お金もないなか、本当に遠距離恋愛が続くのか、かと言って別れる決心もつかないまま遠距離恋愛がスタートしました。
2ヶ月か3ヵ月に1回はお互いの暮らす街に尋ねたり、真ん中の土地で待ち合わせしたりして、なんとか会えるようにしていました。
今のようにテレビ電話やスカイプ、無料通話があれば良かったのですが、それもかなりの通話料がかかる時代(10年くらい前)だったので、毎日1通ずつメールでのやり取りと近況報告の手紙を送り合っていました。
遠距離恋愛でさみしかったのは、友達や会社の同僚と夕食を食べているときに、周りが彼に迎えに来てもらったり、彼も友達と飲んでいるから合流しよう!なんていうときです。私も呼び出せる彼がいないことに淋しさを感じました。
クリスマスやバレンタインなど、カップル向けのイベントなんかも淋しかったです。別に会社や学校はお休みじゃないから、遠距離の彼に会いに行くことはできないし、友だちは彼との予定が入っているし、町中ハッピーな感じにデコレーションされているし、普通に仕事して普通に自宅に帰って寝るだけの自分が可哀想に思えるときもありました。
それから「まだ若いんだから、遠距離恋愛なんてお互いどうせ続かないでしょう。近くに誰か探したら?」という年上の人の言葉は落ち込みました。姉とか会社の先輩とか、心配もあったと思うのですが、よくそういった言葉を言われました。
4年の間では何度か別れの危機もありましたが、なんとか乗り切れたのは、彼がその度に「絶対に別れないから」と言ってくれたからだと思います。
4年後、院を卒業すると彼は約束通り関東の就職先を探してくれ、さらに3年後無事に結婚しました。

女性に興味のない私の初恋

あまり女性に興味のない私は、学生生活恋愛とは縁のない生活をしていました。
部活帰りに学校のコンビニに寄ったら、結構可愛い女性を見つけて、その女性を見ていたら友人に「女に興味のないお前が珍しい」と言われ、適当にごまかしましたが心の中ではまた会いたいと思っていました。
学校に年末の郵便局でのバイトの募集が来ていたので応募したら運良く受かり、バイトの説明会に参加しました。
内勤だったので周りに女性しかおらず緊張していたら隣の女性と軽くぶつかってしまい、謝罪をしようと見たら、この前コンビニで見かけた女性でした。
私は心の中でラッキーと喜びましたが、緊張して話しかけられませんでした。
時間帯を分けての二グループでの作業で、運良く彼女と同じ班になれました。
経験者の友人から「内勤は楽だ」と言われていたので少しは話す機会があると思いましたが、時間内に数百枚の年賀状を仕分ける仕事なので全く話しかけられませんでした。
仕事が終わってもすぐに帰ってしまうので、中々チャンスがありませんでした。
全くチャンスがないまま最終日になってしまい、休憩時に飲み物を買いに行ったら彼女も買いに来ていてチャンスだと思ったけど、勇気が出せず何もできずにバイトが終わってしまいました。
バイトが終わってへこみながら帰っていると、「~さんお疲れ、君も帰りこっちなんだね~」と話しかけられ振り向いたら彼女がいました。
いつもは違う道を通って帰っていましたが、その日だけは気分で違う道を通ったら彼女と同じ帰り道みたいで、一緒に帰ることになりました。
聞いてみたら、帰り道が違うだけで以外に家が近いらしく、同じ中学の卒業生など彼女のことを少しだけ知ることが出来嬉しかったですが、恋愛経験のない私は付き合いたい・メル友になりたいなどの目標がなく、普通に話しただけで終わりになってしまいました。
男子校に通っていて、恋愛に興味ない私でしたが、久しぶりに良いと思える女性と会えたことをとても嬉しく思います。
家が近いので、また会いたいです。

W浮気から本気になって結婚

今の妻と出会った時には、私にも妻にもそれぞれ付き合っている人がいました。
それはそれと知りつつ、最初は、会社の先輩後輩としての関係でした。
一緒の販売促進の仕事に取り組むために、本気になって議論し(後輩にもかかわらず、生意気な口調で議論する彼女にむっとしたりもして)、遅くまで一緒に作業し、取引先に一緒にプレゼンに行き、そして夜はお互いに一人暮らしだったので、一緒にラーメン屋で食事などをとり、という感じで、本当に一緒に椅子時間が長かった状況でした。
とはいえ、お互いに先に書いたようにそれぞれ付き合っている人がいたので(それも両方とも、遠距離恋愛でした。それも要因ですね)、お互いにお互いを異性として考えることもなく(というか、しいて考えず)過ごしていました。
しかし、ある夏休み、それぞれが東京へ帰郷するということで、一緒に新幹線に乗り、移動しました。その途中、休みにそれぞれ彼女、彼氏とどう過ごすかという話をしていました。
それがどうにも自分の心の中に、なぜかひどく引っかかったのです。
そして、夏休みが終わって、今度は一人で新幹線に乗って大阪に帰るときに、新幹線から彼女の一人暮らしのマンションが見えるのですが、「今頃彼氏と会っているんだろうな」と思うと、自分のことを差し置いて、思いもかけないほどの劇場で悔しさのようなものがこみ上げてきました。
これは、自分は、完全に彼女に心が行っているな、と自覚しました。
そして、夏休みが終わり、彼女が大阪に戻ってきたところで、思い切って告白をしたところ、相手もその気だったということで付き合い始めました。
しかし、お互いの彼女彼氏はそのままの状態です。遠距離なので、それで済んでいたのです。
そして、次の冬休み。
同じように、また一緒に東京へ帰郷する新幹線に乗っているときに(そして夏休みと同じように、東京ではそれぞれの彼女彼氏と会う計画があり)、その状態に耐えられなくなって「俺も別れるから、君も彼氏を別れてくれ」といいました。
そして冬休みが終わり、また大阪であった時に、お互いのことを報告しました。私は、東京の彼女と会った時に別れを切り出していましたが、妻となる彼女はどうだったのか、非常に気になりました。
そして答えは、涙。そして、「別れた」と一言。
これでW浮気から、本気にお互いになりました。
そしてそれから3年して結婚しました。

僕の結婚式

僕は結婚にこぎつけるまでは、自分なりに苦労したなぁと思います。
もう、結婚してから20年が過ぎますが、今、振り返るとドタバタのドラマだったかもしれません。

当時、交際し始めたのが僕が社会人。そして、家内が看護学校の学生の時でした。

しばらく交際している間に、彼女は無事に学校を卒業して看護師になりました。

それから、間もない頃に僕は北海道に転勤してしまったのです。
いわゆる遠距離交際ってやつでした。

東京と北海道。
離れ離れでよく続いたなぁと自分ながら感心します。

毎週、会いたくても本土と北海道です。
車で行ける距離でもないし、交通費も持つわけがなりません。

ましてや、家内も看護師で、月に一度、会えれはいい方でしたね。

当時は携帯電話もなくインターネットなんかもなかったので、毎日、電話ばっかり。

月の電話料金が数万円になっていました。
そんなことを続けながら2年後には、無事に結婚。

結婚前の挨拶も大変。
仲人の決定から結婚式場の打ち合わせも大変でした。
北海道にいるにしても、僕の出身は九州です。
家内は長野出身。

結婚式と披露宴は中間の場所ということで東京にしたのです。
九州からも長野からも北海道からも、そして家内が勤めていた都内の病院の人達もです。

交通費だけでも親戚一同、友人、同僚と大変です。
幸いなことに家内の従兄が都内の式場に勤めていたので、
披露宴は、超格安で豪華に挙げることができたのです。

嘘のような話ですが、出席者の交通費も一部、負担したのですが
そちらの金額の方が高くなったりです。

そんなドタバタの中でも無事に披露宴があわりましたが、新婚旅行に行く前の日も家内は病院でお仕事です。

それが終わって成田空港に直行。
お互いに疲れ果てたまま飛行機に乗り込んだのでした。

後日談は、家内は2ヶ月ほど都内の病院で仕事を続けていましたので、ぼくは北海道で新婚早々、単身赴任のような状態でした。

やっと落ち着いたのはその後です。
今は、東京に戻ってきて横浜に住んでいますが、あの時の結婚式までの物語は懐かしくも慌ただしい時でしたね。

二股をかけられていた!過去最大最悪の失敗恋愛

2年ほど前の事ですが、当時働いていた職場にとても仲のいい年上の先輩がいました。
彼とは趣味が合い、よく休憩や仕事後など楽しくお喋りをさせて貰っていました。
ですが彼は女性職員の間であまり評判がよくなく(というか、彼を好きになるのはやめておいた方がいい、というような内容を言われていました)私自身もそこまで彼に興味がなかったのでただの仲のいい先輩・後輩として関わっていました。

なのに、そこを失敗してしまったのです。
当時私は別の男性(友達から紹介して貰った年下の子)とお付き合いをしていたのですが、色々と上手くいかなくなっていて、その問題の彼によく相談に乗って貰っていました。
そして別の男性と別れた私はよせばいいのに彼に相談をして貰ったお礼として一緒に食事にいき、彼の相談に乗りました。
彼はバツイチで、遠く離れた県にお子さんと元奥さんを置いて来て実家に帰ってきたのだというのです。
それは前から知っていたのでそうなんだ、くらいにしか思っていなかったのですが、彼はどうやら自分がバツイチなのを気にしてなかなか次の恋愛に踏み出せない、と言うので、「バツイチの人だって新しい恋はするし、そんなの気になりませんよ、進んでみなきゃどうなるか分からないじゃないですか」とアドバイスのようなものを私は言いました。

そして、翌日からやたらと彼からメールが届くようになりました。
以前からやり取りはしていたのですが、内容がやたらと私を褒めるものになっていて、2通に1通くらいに「きみは可愛いよ」みたいな事が書かれているのです。
職場でも更に絡んでくるようになって、他の人達には内緒で差し入れを持ってきてくれるようにもなりました。
馬鹿な私は優しくして貰っている事、可愛いと言ってくれる事が嬉しくて、職場の方々の忠告をすっかり忘れてしまっていました。
バツイチでもいい、この人は優しいし面白いし、こんなに優しくされたらもう気持ちは止められない……馬鹿な事をしたと今でも後悔しています。

結局彼から好きだと言われ付き合うようになりました。
デート費もホテル代も出してくれて、色々な所に連れていってくれて、綺麗な夜景も見せてくれて、メールもマメだし相変わらず差し入れも持ってきてくれる。
この時の私は幸せだと間違いなく思っていた事でしょう。

ですが、やはりというか、男を見る目がない私に彼との終焉が訪れました。
彼は元奥さんの所に置いてきたお子さんと会う為に5日間休みを取ったのですが、彼から聞いた話と職場の方が教えてくれた話が全然違うのです。
彼は1人で船に乗って向こうに行ってお子さんに会うだけと言っていたのですが、聞いた話によると元奥さんが1人で船の着く場所に来きて(お子さんは連れてきてない)、3日間船の中で元奥さんと二人きりで過ごしていたらしいです。
いくらなんでもこれはおかしいと彼に問い詰めると彼は笑って「連絡すればよかったのかな」と的外れな事を言います。
さらに行為をするだけして(流された私も私ですが)翌日「俺にはきみを支えきれない(私はとある病気持ちです。彼は以前それを承諾して支えると言っていました)きみにはもっといい相手がいる」等々ナルシスト全力な自分勝手なお別れメールが届きました。
職場についてからそれを見た私は何が何だか分からず泣いて帰ってしまい、その後職場の信頼のおける人に相談をして彼と時間帯が被らないように(シフト制なのでほとんど合わずに済みます)して貰ったのですが、もう同じ空間にちょっとでも彼がいるというだけでイライラして、結局その職場を辞めてしまいました。

本当にもう、男を見る目がなさすぎだと実感しました。親切な先輩方から散々アイツはやめておけと言われていたのに。
彼がその後どうしているかは知りません、知りたくもありません。私のような馬鹿が引っかかっていなければいいと願うばかりです。

Twitterがキッカケで会ってみたら……

まさか自分がSNSを通じて人に出会うなんて思ってもみませんでした。
といっても、Twitterを通じて実際に会ったり、一緒に遊んだりという友達はたくさんできました。
そういう、友達ではなくて。まさか自分が不倫をすることになるなんて、Twitterをはじめた時は思ってもみませんでした。
その人とであったのは、前述の通りTwitterでした。相手は既婚で小さな赤ちゃんがいるお父さん。
すごく趣味の合う人でした。もちろんそういう人ばかりをフォローして、フォローされているのだから当然ですけれど。それでも趣味も合うし、毎日、まるで会っているかのように挨拶を交わし、その日あった出来事を話したりしていました。
表にあらわれるリプライだけではなく、ダイレクトメールを送りあって色んな話をしました。まるで親友ができたかのよう。そんな付き合いが半年以上続きました。
言葉の節々に感じる、相手も自分と同じように「誰かに出会った」って感じている雰囲気。
でも、それを二人とも感じつつ、知らん顔して友達を続けていました。それが、なんともくすぐったくて面白かったと言うのもありました。言葉だけでも、そういうのって確かに伝わるものなのです。
そのうちに、ふと「会ってみよう」ということになったのです。本当に、思いがけず。会ってみたい。どんな人なんだろう。そんな好奇心でいっぱいでした。ネットは顔の見えない世界。もしあって、文字の感じと違う人だったら、そういうことで失望してしまいたくないな、なんて思ったりもしました。
そして、会ってみて。
なんとそのままその日のうちにホテルに直行してしまったのです。
自分で思い返してみても、なんであんな行動になってしまったのか。
それでも、会えた嬉しさや思いがけずとても素敵な人だったことに舞い上がってしまったのです。
ホテルに直行し、朝帰り。始発の改札で手を振り合って分かれ、会ったことで現実感を増してしまいました。舞い上がったまま、恋をしてしまったのです。
まさか、自分がそんな体験をするとは。
思いがけない出会いでした。

お見合い結婚万歳!!

近年流行っているお見合い結婚。うちはお見合い相談所などを通すのではなく、昔ながらの『親の薦め』によるお見合いで結婚に至りました。今年で4年目に突入。ふたりの子どもにも恵まれ幸せに暮らしています。という具合に結果オーライなお見合い体験を少しお話しさせて下さい。

お互いの実家は非常に近くにあるものの、当のわたしと夫はオーバーシーの簡単には会えない距離に住んでいたので、なかなか意思疎通が取れない。夫よりも夫の両親と会う機会の方が多いほどで、出会いからプロポーズまでに夫とは数えるほどしか顔を合わせることもありませんでした。メールは毎日欠かしませんでしたが、デートは5回未満。今考えると、そんな状況での結婚はすごいギャンブルだったなと思います。

そしてその半年間、デートの行き先からプロポーズのタイミングまで・・・当事者であるわたしと夫が主導権を得る事はなく、最後まで親の言いなり。わたしも夫も、揃って面倒くさがりなところが災いして、結局は結婚式まで全て親任せの運びとなりました。向き不向きはあるでしょう。こういう流れが苦手な人もいると思いますが、結婚という儀式自体に思い入れのなかったわたしにとってはある意味好都合でした。

短期間でお見合い相手がどういう人間なのかを知るのはとても難しいので、そこは紹介者(今回は親)への信頼あってこそ成り立つんだと思います。そもそもわたしがお見合いを決めた理由は、恋愛に振り回されるのに疲れたから。当時26歳の東京在住OL。まだお見合いには早いんじゃない?と周りからは驚かれましたが、自分の男選びに自信がなくなっていた頃だったので、もうこうなったら信頼する親にバシッと決めて欲しいという気持ちが先立ちました。

結果論にはなってしまいますが、やはり親の見る目に頼って正解だったと心底思います。親主催のお見合いは古くさい?いえいえ、子の幸せを願う親の選お相手ですから間違いは少ないはず。オススメです!